生命の営みは すべてが素晴らしい✨



人生はままならないもので

晴天の日もあれば嵐のような

豪雨や雪の日もあって

生まれた以上は

いずれおとずれる

終わりの日からは

誰も逃れられない

日々に不平や不満をいえるのも

生きてるうちだけ

ネガティブな体験は

誰もがしたくないもので

マイナスにしか思えなくても

魂の成長においては すべてがプラスであって

ポジティブであろうとネガティブであろうと

学び成長することに変わりはない

人が気持ちの上で 勝手に良し悪しをつけているだけ

 そう思えば

  訪れるどんなことに対しても

 ただただ受け入れ

  そこから逃れられないのなら

  その場所でがんばるしかない

  肉体の枷のなかには病苦や怪我などの障害

  いろんな不調を経験することもある

 適応できなくても 受け入れざるをえないとき

  自分を痛めつけてしまうような

  考えだけは もたないように

  それは 治るものも遅らせて

  依存を深めてしまうから

  忘れることはできなくても

  まぁ こんなものと

  軽く受け止めるように心を軽くすることは

 本人にしかできない

  けれど その作用は絶大で

  どんなに辛い縁にあっても

  生きてる意味がわからなくても

  生きてることを愛おしく思えるような

   その感情だけは 失わないで


   何かのせいにするのは

  ある意味 責任逃れもできて そのほうが傷つかないと

  思うかもしれないけれど

   力学的にはまったく逆で 自分を傷つけ続ける

  解放されないのは依存しているからで

  気にもとめなくなったとき

   はじめて 心も体も そのことから解放され

  それまで 気づけなかったことに気づけたり

   快方への扉が開く

   もうその窮屈な場所に閉じ込めておく必要がなくなれば

  自動的に あなたは いきたい場所にいけるようになる

   留まっているあいだは 何がしかそこで

 やるべきことがあるからで 

  とても いやな思いをほじくり返すことになっても

  それは過去の出来事なら

 もう

 強制力は喪失している

  それに新たに力を与えてしまうのは

  恐れや不安や怒りや恨みや憎しみで

  いつまでもそこから立ち去ることを許さないのは

  許していない 自分のためだということを

  真摯に向き合うなら

  心身は息を吹き返すように

  新たな生命力が送り込まれて

   光につつまれていることに気づけるだろう

  どうして 拒否しているのかは

   それぞれに 理由があるものだろうけれど

   問題は実はあまり問題ではない

   あなたが生かされていることが

    すべての答えで

    それ以上でもそれ以下でもないのだということを

  いつかどこかの段階で 腑に落ちたなら

  もう二度と 同じ繰り返しのループにハマることも

  なくなる

   そこからが 人生のリスタートで

  いかなる環境も条件も あなたの意志には敵わない

  自分自身を軽んじていることを棚上げして

   けっして他をうらやんだり 

自分は不幸だとおもってしまうことのないように

  この地上に降り立つまえに

  十分にシミュレーションされてるすべてを忘却して

   はまりこんでしまった袋小路から脱出できなくなっても

  そこが終わりでないのなら

   プロセスにすぎないもので

   あなたには気づくべきことが

   やるべきことが必ずあるということを

  思い出して

   もしも何度も繰り返しているのなら

    もうその罠にはめおくのも

     そろそろ 限界を迎えてることだと思う

  あなたが 想定した 仮想敵は存在しない

   あなたがそう思い込んでしまっただけで

   心を閉ざして あなたに注がれているすべてに

  背を向けたりしなければ

   必要なサポートはすぐにも訪れるでしょう

   私たちは永遠の存在で

     肉体を伴って旅する間

     ほんのいっとき 物理的な制限があるだけで

   本質的には自由な存在なのだから

    いつかまた 合一の世界に融合されてしまうけれど

   それまでの 束の間の 本当の自由は

   生きている間だけ

    ありてあるすべてと融和してしまうと

    個の感覚は損なわれ存在しなくなる

     とても大切なことなので

    距離や隔たりを感じたときは

     いまだけの 孤独を そんなに邪険にしないで

  たまには愛してみてもいいんじゃないかと思う

   もっと 与えても 無限にあふれてくる

   あなたのエネルギーは枯渇することはないのだから

    むしろ ほとんどの悩みや苦しみは

  魂のなかでは 遊びともいえる

   不謹慎だとお怒りを買うかもしれないけれど

   あえていう

   それくらい 魂も宇宙も度量が深いのに

  狭めているのは その人自身でしかない

   現実が重たくなったときは

    肩の荷を下ろしていいというサイン

   無理しなければ 生きられなくなったら

   生き方を変えていい

   誰もあなたを止められない

    ほんとはもっと思うままに生きていいのに

  不安と恐怖でガチガチになって

   動かなくていい理由をさがして しがみついて

  本当はそうしたいわけじゃないのなら

   そんな生き方とは決別すべきだ

   誰もあなたを責めたりしない

  もしも あなたを責める人がいたとしても

  それは その人の問題で あなたのせいじゃない

   不自由であるからこそ感じる自由

   自由であるからこそ感じる孤独

     いずれも実態ではない

    もういい加減 そんなわかりきったことで

  成長を遅らせるのは やめましょう


   今日はふと いろいろ思ったことを簡潔に書いたけれど     

  人が冷たいと思うときは たいてい本人が

  自分自身に冷たくやつ当たっていたりするもので

   多くを得たいから損にこだわって

   どうでもいいことに 時間かけすぎなんだよ

   って思うことが多々あったから

  ぶちまけた

   どんな批判も受け止めるけど

   オラの考えは ずっと昔から上に書いた通りだ

   人は甘やかしすぎても成長しないし

  辛く当たりすぎてもダメになる

   至極めんどくさい存在だけれど

  だからこそ愛しい 

   弱さも醜さもずるさも強さもみんな等しく

  人であればこそ 

   これからは もっと おおきな視点で

  そして 共有されていくものが増える

   いつまでも過去にしがみついてこだわらず

  時の流れとともに 変化するすべてに心を開いて

   豊かな宇宙の営みを 愛でるように

  自分自身を大切にしてほしい





 

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