路肩で発見した
雑草とスギノコ
可愛いので撮りました☆
雑草も逞しく
花を咲かせています☆
今日は
駅付近で
お仕事をしていたのですが
梯子するにあたって
だんだんと北上・・・
その昔は
城下町として
栄えた
この街並みが
昔から
好きだったので
どうしても
引き寄せられていってしまうのか
いつもルートが同じように・・
御鮨街道
由来は↓
「御鮨街道(おすしかいどう)または鮎鮨街道」は岐阜圏域にある歴史ある街道の一つです。
江戸時代、岐阜の城下町(岐阜町)を治めていた尾張藩は、清流長良川の鵜飼で捕れた鮎(あゆ)を「鮎鮨(あゆずし)」にして将軍家に献上していました。この鮎鮨を運ぶ道として使われていたのが岐阜街道(尾張街道あるいは名古屋街道)で、この街道はいつの頃からか「御鮨街道」と呼ばれるようになりました。
江戸時代、岐阜の城下町(岐阜町)を治めていた尾張藩は、清流長良川の鵜飼で捕れた鮎(あゆ)を「鮎鮨(あゆずし)」にして将軍家に献上していました。この鮎鮨を運ぶ道として使われていたのが岐阜街道(尾張街道あるいは名古屋街道)で、この街道はいつの頃からか「御鮨街道」と呼ばれるようになりました。
長良川の鵜飼で捕れた幕府への献上鮎は、岐阜町の御鮨所(おすしどころ)で熟れ鮨(なれずし)に加工され、加納問屋場⇒笠松問屋場⇒笠松湊へとリレーされていきました。
実は
今日はじめて
この通りの名前の由来を知りました
その昔
この道を車で通るときに
聞いたような記憶もあるのだけど
由来も字も知らず
今日 街道の道標を見て
気になって調べたのです
なんで
この地(海のない場所)で
御鮨????
鮒鮨じゃあるまいし・・と
郷土のことを知っているようで
詳しいことは
何も知らないことに気づかされました
ここは
その昔
城下町だった街並
楽市・楽座令の布かれた地であり
商業都市として栄えた時代があったのです
↑ カフェ&雑貨店♪
↑ 今日最後に立ち寄った3件目のカフェの看板
上のカップの下は ↓
ちょうど
夕日が美しく 看板を照らしていたので
撮影したなり☆
美味しいカフェをいただきました☆
この街は
カフェがとても多いのです
帰宅時は冷え込みが厳しくなり
お昼間の温かさが
ウソみたいに ぴゅーぴゅー
風が吹いていたのだけど
春の日差しをたっぷり浴びて
幸せな一日だったにゃ
お仕事の進捗はまぁまぁなんだけど
もうひとがんばり
行ってくるかな~
PS: こうして写真だけを見ると
古き街並みがたくさんあるように勘違いされるだろうが
これは本当に
一部の区域
でも
この街並みを
ずっと遺してほしいと願っている
完全にドーナツ化している市街の
その昔の中心部は
すたれまくっているのが現実なのだが
閑散と寂れている 街を
見ると
なんだか淋しい
一方で
城下の名残のある稲葉山付近や
川原町とか
観光化のために整備されてきた
古き街並みもある
近代化のなかで発展した 中心部は
今のところ手の入れようもないだろうけど
歴史のある場所は
心に染みいるものがあるのだ
オイラ日本人♪
ばんざい日本文化☆
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